ふぁみいろネットワークは、2025年2月5日に国会提出された「特定生殖補助医療法案」の内容の見直しを求めて、日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見を実施しました。
アーカイヴ動画(FCCJ公式YouTubeチャネル)
当日配布資料


スピーチの日本語訳
※実際の英語スピーチと多少のズレがある場合があります。
(綾原みなとスピーチ)
お忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。
私たちふぁみいろネットワークは第三者が関わる生殖補助医療を用いて親になった当事者と研究者からなる団体です。2022年に設立し、当事者の居場所づくりなどを行ってきました。
本日は、2月5日に参議院に提出された特定生殖補助医療法案についてお話しいたします。日本には第三者の関わる生殖医療についての法律がこれまで存在しませんでした。そのため、当初法整備は当事者も歓迎しており、子どもの出自を知る権利を保障するものとして必要だとされていました。しかし、本法案はそれを奪うのみならず、個人の生殖の権利も奪うものです。私たち当事者は非常に憤っており、このままの法案を成立させてはならないと考えています。
また、本日FCCJで会見を行うことにした理由には、この法案自体に問題があるというだけではありません。この法案には拘禁刑という厳罰が含まれ、国外犯規定もあることから、日本在住の日本国籍保持者だけでなく、海外在住の日本国籍保持者も対象にしています。そしてこれらの人々、またそのパートナーの人々の生殖の権利も奪うことにつながるからです。
このような命に関する重大な法案が、国会に提出されるまで中身が非公開で、どういう法案なのか、当事者さえも分からないまま法律が制定されようとしています。このままこの法案を通してはならないという強い危機感で、今日の会見に臨んでいます。法的な観点でも説明できるよう、甲野裕大弁護士にもお越しいただいております。
まずは、私綾原みなとが、特定生殖補助医療を用いて親になった立場から、お話します。今日お話ししたいのは次の2点です。
1. 子の出自を知る権利を守ることは犯罪ですか?
2.リプロダクティブ・ライツを国が奪うのですか?
法案では出自を知る権利が保障されていない
まず最初に、子の出自を知る権利を守ることが罪とされることについてお話します。
現法案では、子が成人した時点で、年齢・血液型・身長等ごく一部のドナー情報の開示のみが保障されました。少しでも保障されたということから、出自を知る権利について一歩前進したという報道も国内ではされています。
でも、想像してみてください。子どもが成人して、ドナーの情報を問い合わせたところ、身長・年齢・血液型の三点のみ教えてもらいそれで満足するでしょうか。
昨日日本の記者クラブで、生まれた子どもの立場の方たちの会見も行われ、特定生殖補助医療法案について『子どもの出自を知る権利を保障するものになっているとは到底思えません』と声を上げています。
しかし実は、保障が足りていない以上に、この法案は、非常に大きな問題を抱えています。というのも、条文を法の専門家に確認いただき私たちもやっと最近気づくことができ驚愕したのですが、この法案は、成人前の子どもに、出自に関する情報を知らせることを禁止する条文を含んでいるのです。
日本では長く、子の出自を知る権利が認められてきませんでしたが、最近になってようやく、子どもに告知をする親も増え、匿名ではなく開示ドナーでの治療を行う病院が現れてきていました。 都内にある2カ所の病院では、妊娠後子どもが生まれる前にドナーの個人を特定しない情報を親に伝え、必要に応じて親が子に伝えられるような仕組みを作っています。そのおかげで親は、安心して告知をし、子どもに質問されたら、ドナーさんはこんな思いで提供してくれたんだよ、こんなものが好きみたいだよ、と子供に伝えてあげられる時代にやっと日本は変わってきていたのです。出自を知る権利の大切さが日本で認識されてから、20年以上経ってやっと、ここまできたのです。
しかし、この法案が可決されると、子が成人するまで何一つ子にも親にもドナー情報を開示することが禁止されます。保障がされない、ではなく、子どもにドナー情報を知らせることが犯罪とされるのです。 病院等の機関は、成人前の子やその親にドナー情報を伝えると、秘密保持義務違反に問われ、一年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金という犯罪となります。
成人するまでドナー情報が何一つ子どもに知らされないことについて、18歳未満の子どもの立場の当事者は、どのように感じているのでしょうか。
精子提供で生まれた12歳の子供の声を紹介します。
ドナー情報が分かっているのにも関わらず子ども時代に知ることができないというのは、隠されているように感じ、何だかこの治療が変わった特殊なものだと言われているみたいで嫌だ。普通な自然なこととして子どもの時に教えてほしい!
次に9歳の子供の声です。
子ども時代だからこそ、これからどう成長するのか遺伝情報が気になるから今知りたいのに(身長がどのくらい伸びるのか、など)。18歳で知ることができても遅い。
先日、当団体でSNSを使い、この治療の親側当事者312人(男女の婚姻カップル)に対して行ったアンケートでは、ドナー情報がある場合と比べ、何もドナー情報が分からない状態で子育てし、告知することに関して、実に9割近くの親が不安を抱えている、という結果も出ました。
このままでは、出自を知る権利を奪う法律が日本で制定されてしまい、子どもにとっても親にとってもそれは不幸なことです。この法案は、見直しが必須であると考えます。
次に、研究者の立場より、白井千晶先生お願いいたします。
(白井千晶スピーチ)
私は白井千晶と申します。静岡大学の教授で社会学を専門にしており、卵子提供、精子提供などのthird party reproduction、養子縁組や里親などのfoster careを研究している立場から、出自を知る権利に関する国内外の状況について説明します。
出自を知る権利は、日本が批准している子どもの権利条約にも定められている子どもの基本的な権利です。出自は、第一に、提供者の人となりや提供の理由、現在の状況など、子どものアイデンティティにかかわる社会的な情報、第二に、自身の身体を構成する遺伝学的、医学的な、つまり生きていくのに必要な生物学的情報から構成されています。
出自は、氏名や身長といった単なる記号ではありません。また、出自は知ることができればそれでよいものではありません。選択肢を得たり、自身の意思を確認する、心理的サポート、司法的サポート、社会的サポートが必要ですが、現在の法案では、それらが看過されています。
例えばオーストラリア・ビクトリア州では、精子提供や卵子提供の匿名性を完全に廃止しました。制度が変わった当初は、生まれた人が成人すると、出生にかかわる情報を知りたいかどうか、通知が来るシステムになりました。親から出生の経緯が伝えられたかどうかによって出自を知る権利が左右されるべきではないというポリシーに基づいて、すべての子どもに通知がされますが、知るかどうかは当人の意思によります。
その後、出生証明書に生まれた経緯が記載されるようになり、その後、匿名性が完全に配されて、個人を特定する情報を希望するすべての人が知ることができるようになりました。さらに、精子提供や卵子提供の当事者への支援や、提供者との面会のアレンジなど、様々なサポート体制も用意されています。
日本の文化とは異なるという反論もあるかもしれませんが、それは違います。
日本の養子縁組では、登録記録、日本国籍であれば戸籍に、養子縁組であることの記載があり、子どもは自ら知ることができます。特別養子縁組の場合、家庭裁判所で審判書を入手することができ、生みの親の氏名や当時の本籍地を知ることができます。普通養子縁組では戸籍に記載されています。法律によって養子縁組仲介者の長期的支援が義務付けられ、生みの親やその親族を探す事や面会についての支援体制も拡充されつつあります。日本の養子縁組の出自情報システムは、オーストラリア・ビクトリア州と類似していることがわかると思います。
それに対して、現在の法案はあまりにも非対称になっています。さらに、現在の法案は、これまで、子どもの出自を知る権利の担保のために海外に渡航して実施してきた行為を禁止することになります。知る権利の一部保障というよりむしろ、知る権利を著しく制限しているといえるのではないでしょうか。法案の見直しが必要です。(白井先生のお話ここまで)
リプロダクティブ・ライツを国が奪うのか?
次に、この法案は、リプロダクティブ・ライツを国が奪うことになるものであるお話をします。
今回の法案では、男女の法律婚の人にしか精子提供等の治療が認められませんでした。女性カップル・選択的シングル・事実婚の人たちの精子提供による人工授精や体外受精は違法であるとされたのです。
女性カップルも、選択的シングルも、事実婚も、純粋に子どもを望み、その子を想う気持ちは男女の婚姻夫婦と何ら変わりはありません。心から子供の幸せを望み、悩み考えながら精子提供の治療に進んでいるのです。
イギリスの家族研究のパイオニアであるSusan Golombok氏の研究結果では、同性カップルや選択的シングルの親の下に精子提供で生まれた子供たちの心理的ウェルビーイングは、自然妊娠で男女のカップルの下に生まれた子供たちと変わらないとも示されました。
それにも関わらず、海外での精子提供等の医療は実質ほとんどが国外犯規定の対象となり、患者本人にまで刑事罰が科されるため、彼らが海外で治療を受けることも現実的ではありません。つまり、女性カップルの人らは、安全な医療のもとで子どもを持つという選択肢を完全に断たれた形となっているのです。
立法者の中では、女性カップルにも治療を認めるべきとの意見も出ましたが、法的な課題を理由に見送られました。さらに法案には補足事項として5年をめどに治療の対象者について見直しをする、という規定が盛り込まれておりますが、つまりは女性カップルの方たちの精子提供の治療を認めるべきかという議論に現在まだ結論は出ていないのです。
その結論もはっきりと出ていない状況で、彼らのリプロダクティブ・ライツを国内外で完全に奪うような法律が制定されようとしているわけです。
本日は、女性カップルで子どもを子育て中の当事者であるえりかさんにもお越しいただいております。えりかさんよりメッセージを預かっていますので、代読させていただきます。
生殖補助医療によって子どもを授かり小学生の息子と4才の娘を育てています。子どもたちは家族のことを隠さずありのままで生活しています。今後娘が弟か妹が欲しいと言い出したとき、「あなたたちを授かった方法は違法だからできない。」と言えばいいのですか。新聞を読む息子はこの法案から、許されない方法で生まれたという差別的なメッセージを受け取ります。
生きづらさを抱えながら、私たちをロールモデルとしてくれている若者や子どもたちがいます。その子たちに、生殖補助医療はもう使えない、子どもを持つことは閉ざされたと説明すればよいのですか。
この法案は、将来子どもを望む子ども達やその家族の希望をかき消すことになると思います。
子どもや若者が希望を持てる法律をつくることが、人権を重んじる憲法をもつわが国の責任なのではないでしょうか。
えりかさんご家族のように、女性カップルによる家族はすでにたくさん存在しており、幸せに暮らしているのです。この家族は合法だけど、この家族は違法、そういった線引きを、わざわざ新たに法を作り、国家が行うことに対して、恐怖さえ感じます。
本日は、法的な観点からご説明するため、甲リーガル法律事務所、甲野裕大弁護士にもお越しいただいております。よろしくお願いいたします。
(甲野裕大挨拶)
弁護士の甲野です。普段は生殖補助医療にかかわる法律問題に関して、ご相談やご依頼をお受けしております。
はじめに、本来であれば私の口から英語でお話しをするべきところですが、私が英語で話すのが得意ではなく、お伝えしたい内容が伝わらない事態を避けるために、申し訳ありませんが、本日は、私のお伝えしたい内容を英語で代読いただくことにしましたので、ご了承ください。
(綾原みなとによる甲野裕大スピーチ代読)
甲野から、法的な観点から、法律婚以外の方々に対する規制内容について、少し補足させていただきます。
法律婚の夫婦であれば、今回の法案で第三者からの精子や卵子提供による一定の不妊治療の道が保障されます。一方で、法律婚の夫婦以外の方が第三者提供による治療を合法的に受けることができる道は、国内に限らず国外であっても、ほとんど閉じられたと言って良いと思います。
理由は、今回の法案には、66条と67条で、精子や卵子等の提供やあっせん行為に対する利益供与の禁止の規定があり、これに違反した場合の71条の罰則規定があり、そしてこれらに関して、71条2項の国外犯に対する処罰規定があるからです。
これらの規定によって、日本国民は、患者として、日本国内だけではなくて、海外で、精子提供や卵子提供のドナーに対して対して提供を受けることへの対価、つまり謝礼などを支払ったり、仲介、あっせんをする海外のエージェントに対する報酬を支払って、精子提供や卵子提供などを受けたりすると、刑罰を科されることになる、つまり、犯罪者になるということになります。
特に、海外で提供ドナーやエージェントに対して対価・報酬無しで治療を受けるというのはハードルが高いと思いますので、実質的に海外での治療の道も閉ざされるということになると思います。
本来、法律で何かの行為を制限する場合には、まずは刑罰までは設けないことや、段階を踏むということを行う場合も多くあります。 今回は第三者からの精子や卵子の提供に関して定める初めての法律のため、まずは当初の段階では罰則までは設けないか、または不当なビジネスを行う医療機関やエージェントに限って刑罰を設ける、あるいは、国外犯の規定までは設けず、海外での治療の規制に関しては、諸外国のそれぞれの法制度に従うといった選択肢もあったはずです。
日本では、第三者からの精子提供や卵子提供に関してこれまでの法律による規制がなかった段階から、なぜいきなり、治療を受ける患者側への刑罰化、さらには国外犯の処罰というところまで踏み込んだのか、という点に関して、何か規制する緊急性や特別な事情が果たしてあるのかという点に疑問があります。
現に治療を受けていたり、これから治療を望んでいる方々に対する影響が大きいわけですから、当事者の方々の反対の声が大きくなることは当然かと思います。さらに、現在、日本国内の裁判所では、現行の民法などが同性婚を認めないのは日本国憲法違反であるという裁判が複数提起されています。そして、既に高等裁判所の段階では憲法違反という判断が複数出ている状況で、現在、最高裁判所の判断が注目されている状況です。最高裁判所がどのように判断するかというのはまだわかりませんが、少なくとも同性婚を認めない現行の婚姻制度に対して、憲法違反の判断が出る可能性がこれまでよりは高くなっている状況には違いないと思います。
近い将来、現在の制度が変わり、同性婚が法律で認められるなど、現在の法案では対象外の方も、治療の対象に入ってくることも十分に考えられます。そうすると、この現在の流動的な状況を踏まえた上で、たとえば最高裁の判断が出るまで、数年間は様子を見るという判断をし、少なくとも罰則を設けた規制まではしない、というやり方もあるはずです。
しかし、今回の法案では、法律婚の夫婦のみを治療の対象にして、対象外となる法律婚以外の事実婚の夫婦や、同性のパートナー同士などが日本国内での治療を受けることを実質的に禁止したという内容に留まらず、敢えて罰則によって国外犯も含めて処罰し厳しく規制するという判断をしています。今回の法案による第三者からの精子提供や卵子提供に対する制度運用が果たしてうまくいくのかという問題もありますし、国内外の状況がどのように進んでいくかが不透明な中で、このような非常に厳しい規制内容にしたというのは、疑問というのが率直な感想です。(甲野弁護士のお話ここまで)
(綾原みなとスピーチ)
生まれてきた子どもたち、これから生まれてくる子どもたちの幸せを守りたい、自分のルーツを知る権利を持ち、納得して成長していってほしい、私たち親はそう願っています。だからこそ、法案作成の過程で、もっとしっかり、この治療の当事者の声を聞いて欲しかったと残念でなりません。
さらに、女性カップル等から生殖の権利を奪い、厳罰を科すことは、特定の家族のあり方以外を認めないというメッセージになり、人権上の問題もありえます。
特定生殖補助医療法案は、すでに国会に提出され、このままではこの法律が成立する恐れがあり一刻を争う状況です。メディアの皆さんには、この法案の問題点を、多くの人に伝えて頂けますようお願い申し上げます。
私たちからの発表は以上です。